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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)629号 判決

原告 高橋信行

被告 真明倶雄

主文

被告は原告に対して、別紙目録記載の建物を明け渡し、且つ、昭和三十一年五月一日からその明渡のすむまで一カ月金千四百円の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告において金八万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

主文と同趣旨の判決及び仮執行の宣言。

第二請求の原因

一  別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という。)はもと原告の実姉高橋やすの所有であつて、同人は昭和二十二、三年頃から被告に対して本件建物を賃貸していたが、昭和三十一年三月十六日死亡した。その死亡当時本件建物の賃料は一カ月金千六百円、毎月末日払いの約定であつた。

二  原告はやすの弟で、同人の死亡により相続人として本件建物の所有権を取得し、その賃貸人の地位を承継した。

三  ところが、被告は昭和三十一年五月一日以降の賃料を原告に支払わないので、原告は被告に対して同年十一月一日書留内容証明郵便をもつて、家賃統制令に基く本件建物の公正資料一カ月金千四百円の割合により昭和三十一年五月一日から同年十月末日までの賃料合計金八千四百円を同郵便到達後三日以内に支払うよう催告し、あわせて、もしその期間内に支払わなかつた場合は本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、同通知は翌二日被告に到達した。しかし、被告は期間内に延滞賃料を支払わなかつた。

四  従つて、被告に対する本件賃貸借契約は昭和三十一年十一月五日の満了と同時に解除されたから、原告は被告に対して本件建物の明渡及び昭和三十一年五月一日からその明渡のすむまで一カ月金千四百円の割合による延滞賃料及び賃料相当の損害金の支払を求める。

第三被告の答弁

一  「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

二  原告主張の第一項の事実は認める。

第二項の事実は知らない。

第三項の事実は認める。

第四被告の抗弁

一  仮に原告が相続によつて本件建物の所有権を取得したとしても、昭和三十一年十一月二日被告に対して賃貸借契約解除の意思表示をした当時、原告は本件建物について所有権取得の登記を経ていないから、その所有権をもつて被告に対抗することができない。従つて、所有権の取得に基く賃貸人の地位の承継をも被告に対して主張することができないから、前記解除の意思表示は無効である。

二  のみならず、被告には原告の主張するような賃料の延滞もない。すなわち、原告は昭和三十一年四月一日息子の高橋璋行を伴つて被告方を訪ね、高橋やすが死亡して璋行が相続することになつたから賃料を支払つてもらいたいと申入れた。そこで被告の母真明治は相続のことがわかる登記の書類を見せて頂きたいと要求したが、原告はそれに応じなかつた。そこで、被告は過失なしに賃貸人を確知できなかつたので、昭和三十一年五月分から昭和三十二年一月分までの賃料を、毎月その月末までに遅くとも翌月三日までに、東京法務局渋谷出張所に弁済供託した。従つて、被告の貸料債務は消滅しているから、原告の賃料不払を理由とする解除の意思表示はその効力を生じない。

第五被告の抗弁に対する原告の答弁及び再抗弁

一  原告が本件建物について、昭和三十一年十一月二日までに所有権取得の登記を経ていないことは認める。

しかしながら、原告は相続により賃貸人の地位を承継したものであつて、登記がないため所有権の取得は被告に対抗できないとしても、賃貸人の地位は何等所有権とは関係がないから、登記の有無に関係なく、賃貸人の地位を被告に対して主張することができる。

二  仮に前項の主張が理由がないとしても、原告は昭和三十一年四月上旬長男璋行を伴つて被告方を訪問し、被告の母及び妻に原告の戸籍謄本を示して、原告の実姉訴外高橋やすが死亡したこと、原告がその弟で相続により本件家屋の所有権を取得したことを説明したところ、同人等は納得して、同年三月分の賃料金千六百円を支払い、又同年四月二十六日には同年四月分の賃料千六百円を支払つた。それ故、被告は原告が本件建物の所有権を相続によつて取得したことを認めたのであるから、原告は登記がなくとも本件家屋の所有権の取得を被告に対抗することができる。

三  被告が賃貸人を確知できないという理由で昭和三十一年五月分から昭和三十二年一月分までの賃料をその主張のとおり供託したことは認めるが、前項に述べたように、被告は原告が賃貸人であることを確知していながら賃貸人を確知できないと虚構の事実を構えて供託しているのであるから、かような供託によつては弁済したことにならない。

第六原告の再抗弁に対する被告の答弁

被告が原告に対して、その主張の日時に昭和三十一年三月分及び四月分の賃料をそれぞれ支払つたことは認める。

しかしそれは原告が早急に登記によつて所有権の取得を立証することを条件として支払つたものであつて、原告を正当な賃貸人と認めた趣旨ではない。

証拠

原告側

甲第一号証、第二号証の一、二、第三号証から第六号証まで第七号証の一から四まで。

証人高橋嘉代子、高橋璋行の各証言、及び原告本人尋問の結果。

乙第二号証の二及び第七号証の三の各成立は知らない。

その余の乙号各証の成立を認め、乙第一号証、第三号証の一、二、第六号証及び第七号の一、二を利益に援用する。

被告側

乙第一号証、第二、三号証の各一、二、第四号証の一から九まで、第五号証の一、二、第六号証、第七号証の一から三まで、第八号証の一、二。

証人真明治の証言及び被告本人尋問の結果。

甲号各証の成立を認める。

理由

一、本件建物がもと訴外亡高橋やすの所有であつて、同人が昭和三十一年三月十六日死亡したこと、同人が昭和二十二、三年頃から被告に対して本件建物を賃貸し、その死亡当時本件建物の賃料が一ケ月金千六百円、毎月末払いの約定であつたことは当事者間に争がない。そして、成立に争のない甲第一号証及び甲第三号証並びに原告本人尋問の結果によれば、原告が高橋やすの唯一の弟で相続人であることが認められるから、原告は相続により本件建物の所有権を取得したもので、従つて、被告に対する賃貸人の地位を承継したものといわなければならない。

二、そして、被告が昭和三十一年五月一日以降の賃料を原告に支払わなかつたので、原告が昭和三十一年十一月一日被告に対して原告の主張するとおり延滞賃料の支払を催告し、あわせて条件付契約解除の意思表示を通告し、この通知が翌日被告に到達したが、被告がこれに応じなかつたことは、当事者間に争いがない。

三、そこで、被告の抗弁について考えてみると、賃貸建物の所有権を取得したことによつてその賃貸人としての地位を承継した者が賃借人に対して賃借権を主張するためには、その建物について所有権取得登記を経由しなければならないと解するのが相当である。なぜならば、この場合賃貸人としての地位は、原告の主張するように所有権と何等関係がないものではなくて、かえつて所有権を取得したことによつて当然賃貸人としての地位を取得するという関係に立つのである。いいかえれば、所有権の取得が賃貸人の地位の前提となつているわけである。かような場合には、その所有権の取得を第三者に対抗し得てはじめて賃貸人としての地位を主張し得るものといわなければならない。そして、この理は、所有権取得が当事者の意思に基くものであろうと、相続によるものであろうと、その間に何等の差異を設ける必要がない。というのは、相続が共同相続を原則とする以上、相続関係が必ずしも一見明瞭でない事例が往々にして存するのであるから、所有権取得のうち相続のみを特に切り離して特別に取り扱うのは妥当を欠くと考えられるからである。

してみれば、原告が契約解除の意思表示をした当時、本件建物について所有権取得登記を経ていなかつたことは、原告の認めるところであるから、この点だけからいえば、原告は被告に対して賃貸人であることを主張できないことになるわけである。

四、しかしながら、成立に争いのない甲第三、四、六号証、乙第一号証、同第二号証の一、同第三号証の一、二、同第四号証の一から九まで、同第六号証、及び証人高橋璋行、高橋嘉代子の各証言、証人真明治の証言の一部、原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。原告は昭和三十一年四月一日頃原告の長男高橋璋行を伴つて被告方を訪問し、被告の母真明治及び妻真明静子に対して原告に対して原告の氏名、住所を印刷した名刺及び原告の戸籍謄本を示して、原告の実姉高橋やすが昭和三十一年三月十六日死亡したこと原告がその弟で相続により本件建物の所有権を取得したことを説明し、以後賃料は原告に支払つてもらいたいと述べた。すると、治及び静子はこれを了解して、同年三月分の賃料金千六百円を支払つた。更に、同年四月二十五、六日頃には原告に代つて璋行が被告方に行き、治より同年四月分の賃料金千六百円を受領した。原告はその間同年四月八日及び同月二十二日頃被告方を訪れ、被告が留守であつたので治に対して、本件建物の賃料を一ケ月金三千円に増額してもらいたいと申し入れたところ、治は固定資産税の評価額で本件建物を売つて頂きたいと答えた。そして同年五月三日頃治は原告方を訪れ、原告の妻高橋嘉代子と売買の話合をしたが、これまた纒らなかつた。ところで、原告は四月分の賃料を受領するとき、五月分からは原告の方へ送金して欲しいと治に申し入れていたが、五月中に送金がなかつたので、同年六月三日璋行は被告方に催促に行つた。ところが、治は原告がまだ本件建物について所有権取得の登記をしていないから、正当な賃貸人かどうか判らないので、五月分の賃料より東京法務局渋谷出張所に供託したと答えた(以上の事実のうち、被告が原告に対して昭和三十一年三、四月分の賃料を支払つたことは、当事者間に争がない。)。

被告は原告が昭和三十一年四月上旬息子の璋行が相続することになつたと申し入れ、これに対して被告の母治が相続のことがわかる登記の書類を見せて頂きたいと要求したと主張するけれども、この点に関する乙第二号証の二の記載、証人真明治の証言及び被告本人尋問の結果は信用し難く、他にこの主張事実を認めて前段認定をくつがえすに足りる証拠はない。

そうすると、以上に認定した事実によれば、被告の母治は被告の代理人として原告に対し原告が本件建物について所有権を取得し、賃貸人の地位を承継したことを認めたことになるから、原告は登記がなくても被告に対して賃貸人としての地位を主張することができ、従つて、被告の債務不履行を理由とする原告の契約解除は有効であるといわなければならない。

五、被告は過失なしに賃貸人を確知できなかつたので、五月分以降の賃料を供託しているから賃料債務は消滅したと主張するけれども被告は前項に認定したとおり、原告が相続によつて賃貸人の地位を承継したことを認めたのであるから、被告の主張する供託は弁済の効力を生じないことはいうまでもない。

六、よつて被告に対して本件建物の明渡及び昭和三十一年五月一日から明渡がすむまで、約定賃料の範囲内である一カ月金千四百円の割合による賃料及び賃料相当の損害金を求める原告の本訴請求は正当であるから認容し、民事訴訟法第八十九条第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 古関敏正)

目録

東京都目黒区下目黒四丁目九一四番地

家屋番号同町九一四番四

一、木造瓦葺平家建居宅一棟

建坪 二十坪七合五勺

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